About MIHASHIRA SHRINE
三柱神社
初代柳川藩主 立花宗茂、その妻 誾千代 、岳父 戸次道雪が祀られています。
近年では必勝・就職・再就職・復活・縁結びの社として、遠方を問わず多くの方が参拝に訪れています。
<所在地>
福岡県柳川市三橋町高畑323-1
電話 0944-72-3883
社務所営業時間 8:00~17:00
三柱神社は、「西国一の強者」と称された百戦錬磨の武将 初代柳川藩主 立花宗茂公、岳父 戸次道雪公、宗茂室 誾千代姫の三神を祀ったことから、三柱神社と称します。
天明三年(1783)、七代藩主 立花鑑通公が柳川城内三の丸 長久寺境内に社を建立し、道雪公を奉祀したのを起源とし、文政三年(1820)坂本村日吉神社近くに遷座され、唯一宮と称し、のち梅岳社に合祀し、三柱宮と改称しました。
About YANAGAWA CASTLE RUINS
柳川城址
柳川藩主立花氏12万石の本拠となっていた平城跡。
永禄年間(1558〜1569)蒲地鑑盛入道宗雪が、支城として築いたのがはじまりと伝えられています。
天守閣の高さは、10丈7尺5寸1分(約35m)、石坂の高さは4間1尺5寸(約8m)、天守閣の棟には鯱があり、その目は金色に輝いていたというほどの栄華をきわめた名城でしたが、明治5年に焼失。現在は柳城中学校の校庭の一隅に小丘と石垣の一部を残すのみとなっています。(昭和53年5月柳川市文化財史跡に指定)
柳川城は周囲に水路を張り巡らせ5層の天守閣を備えた堅城として知られておりましたが、
明治5年に出火により焼失。現在は天守跡の高台が市指定史跡となっており、
通称“へそくり山”として地元の人に親しまれています。
Bronze statue of YOSHIMASA TANAKA
田中吉政公之像
初代筑後国(32万5千石)主の田中吉政公(1548~1609)の銅像です。
川下りコースに建っています。左方は弥兵衛門橋と呼ばれ、川下りコースで最も狭く作られています。吉政公は柳川では「土木の神様」と崇められ現在の地形が作られました。
<田中吉政公について>
柳川掘割を整備した「初代筑後国主」
田中吉政は、近江の国(滋賀県)に生まれ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えました。岡崎城主となった後、関ヶ原の戦いで東軍に属し、敵将・石田三成を捕らえた功績などにより、筑後一円の国主となり柳川城を居城としました。その後、柳川城や支城の改修建築、掘割や河川、干拓の治水工事、道路の新設などの整備事業に取り組み、現在の柳川市の都市設計に大きく寄与しました。
今の柳川の礎を築いた偉人が川下りを眺めている光景は感慨深いものがあります。
御花(おはな)近くの有料駐車場から徒歩10分ほどの距離にありますので、
ぜひ立ち寄ってみてくださいね。
About TACHIBANA MUSEUM
立花家史料館
立花家500年に渡る文書、武具甲冑、茶道具、能道具、書画、等々およそ5千点にわたる大名道具と近代伯爵家資料を収蔵。
現在柳川古文書館に寄託されている伝来史料「大友文書・立花家文書」(重要文化財)も含め、季節ごとに展示替をしながら公開しています。
<所在地>
柳川市新外町1(国指定名勝 立花氏庭園内)
TEL 0944-77-7888
開館時間 10:00〜16:00
※閉館20分前までに御入館ください。
※立花家史料館だけでなく、立花氏庭園入園料も含みます。松濤園、西洋館、立花家史料館をご観覧いただけます。
ただし、柳川藩主立花邸御花の休業日に立花家史料館のみ開館する場合がございます。
詳しくはホームページをご覧ください。
KOMONJO KAN
柳川古文書館
柳川藩主立花家から立花家史料館へと伝来した、重要文化財「大友家文書」「立花家文書」をふくむ3万点以上もの貴重な古文書・古記録類は、現在、柳川古文書館に寄託され、その管理のもとで調査研究を進められています。
柳川古文書館は、1985(昭和60)年10月に開館した、福岡県柳川市に所在する文書館です。
現在は、鎌倉時代(12世紀)~現代(20世紀)までの、総数15万点以上の古文書や典籍、甲冑、刀剣、書画などを収蔵する、福岡県を代表する史料館となっています。
<所在地>
柳川市隅町71番地2
TEL 0944-72-1037
開館時間 9:30〜16:30
※入館は16:00までです。
< 入 館 料 >
無 料
<休館日>
月曜日
(祝日に重なる日は休館になることがあります。)